-敵が残した光と闇-
デジモンアドベンチャーと02の違いは何か?と考えた時、
数々の違いはありますが、
敵を倒す際の子供達の心情というのもあげられると思います。
02で大輔達が直接デジモンを倒す数は解説しなくともわかるとは思いますが、
5体のみです(キメラモン・スカルサタモン・レディーデビモン・マリンデビモン・べリアルヴァンデモン)
イービルリングやダークタワーデジモンとの戦いが多かった分、本当のデジモンが少ない
という点もありますが
02の29話にて、アルケニモンを追いつめた際、悪い奴とわかっていても「倒す」という選択ではなく
閉じ込めておく(一種の封印)を選択しようとしました。それもタケルが。
そして、気になるのが、02第42話の太一とヒカリの会話
「どうするんだ?」(太一)
「うん・・」(ヒカリ)
「このままじゃ、すまないぞ」(太一)
「わかってる」(ヒカリ)
「大輔達は戦うと言っても、今まで敵のリングやスパイラルを壊すことしかやってなかった」(太一)
「うん、ダークタワーデジモンなら倒してきたけど・・」(ヒカリ)
「あいつらはデジモンの様に見えてもダークタワーを変形させただけのものだよ」(アグモン)
「そう、だから躊躇いなく倒すことが出来たんだ」(太一)
「そうだと思う」(ヒカリ)
「3年前の時の様に・・・」(太一)
「・・・」(ヒカリ)
「デジモン達を本当に倒おす為に、戦わなきゃならない時がそのうち来る」(太一)
「うん・・」(アグモン)
「アルケニモン達はまだこの世界のどっかにいるんだもんね」(テイルモン)
「あぁ・・腹くくらないと。。」(太一)
(▽東映アニメーション.デジモンアドベンチャー02.第42話デーモン軍団の襲来より)
というセリフ
この件に関しては、あとは詳しく描かれてませんでしたね。
その後のデーモン軍団との戦いでは、京、伊織の敵を倒すこと、倒した後の心情について非常に丁寧に描かれています。
こちらは無印では描かれていなかった一つだと思います。
では、無印組は冒険では敵を倒すことに対して後悔や悩みなどなかったのでしょうか??
確かに、敵を倒すという事に後悔や悩みが全くなかったとは言えませんが、
むしろ、無印組が敵を倒した後悔や悩みに気付くのは、冒険が終わった後なのでは?と思うのです。
え???ダークマスターズ編でミミがデジモンと戦うってことについて悩んだりするシーンあるじゃない。。
って思われる方。。
確かにそうです。しかし、よくよくミミのセリフを聞いてみると
●もうイヤ!戦って、戦って・・それで何が得られるの?もうイヤ!(第45話)
●これ以上誰かが傷ついたり死んでいくの、私見たくない(第45話)
●8人そろったからって、戦ったって皆・・・(第43話)
(↑もしかしたら「もう戻ってこない・・」って繋げたかったのかな?)
(上記3件▽東映アニメーション.デジモンアドベンチャー各話から引用)
墓にしてもホエーモン・ピッコロモン・チューモン・ウィザーモンの分はありますが、メタルシードラモンの墓は
ないですよね。
ま、敵の墓を作るってのはないでしょうけどね(苦笑)
そう、つまり自分達にとって味方(仲間)のデジモンの事を主軸において、戦う事への葛藤なわけです。
自分達が敵と戦えば、自分の仲間が否応なしに犠牲になってしまう。自分達が戦わなければ犠牲は出ないのでは?と思うわけです。
ですが、メタルエテモン戦で自分は争う事をしようとしなかったが、サーベルレオモンが自分たちの犠牲になってしまった。
戦っても戦わなくても仲間が犠牲になってしまうくらいなら、敵と戦って多くの仲間を
『デジモン達の未来を自分は守りたい・・・』
そういうミミの決意ではなかったのでしょうか・・
勿論、オーガモンへの対応や問いかけもあるので、完全に敵に対する考えが全くなかったと言うわけではないとは思いますがね。
ミミだけではなく、太一がヤマトを殴る会話でも、
『俺たちのために死んでいった連中がこんな無意味な戦いを望んでると思うのか??』
とあり、この様な事から考えると、無印の中では敵の命についてはあまり触れられてない様な気がします。
無印での最初のデジモンに対する印象は、パートナーデジモン(仲間)との出会い以上にデジモンへの『恐怖』だったのではないでしょうか??
「DWから現実世界には帰れない」「大輔達と違って当初はこの世界を解説してくれる人はいない。」
まさに、自然界の弱肉強食を生き抜くサバイバルなのです。
突き放して考えてみれば、自分の身を守る為に敵を倒す。というのは自然の摂理なんですよね。
ですが、よく考えると初めて完全に倒すデジモンは、デビモンなんですよね。
それまでは完全にデジモンを倒すというシーンはありません。それこそ殆どのデジモンは02と同じ様に黒い歯車を壊すという事でした。
(バケモンの件が非常に微妙なのですが、これをカウントしなければの話。。)
でもこの時、デビモンを倒してしまったというより、たぶん子供達の中では仲間(エンジェモン)が死んでしまったというショックの方が大きいのではないでしょうか?
そういう事も合わせての環境だったからこそ、敵を倒すことに関してあまり考えてなかったのかもしれません。
しかし、最後の敵アポカリモン。
彼(彼等)の存在によって、初めて気付くのではないでしょうか。
太一達も、、そして・・視聴者も。。。
倒された仲間の命と同じように、倒してきてしまった敵の命について。。
もしかしたら敵側にも愛や正義があったのでは?
敵と思っていたデジモン達は本当に敵だったのか?
彼等の立場からすれば太一達が敵、つまり自分達を守る為に太一達を攻撃するのは当然のことではないだろうか。
敵だからと言って彼らを倒して本当に良かったのか・・共存の道があったのではないだろうか。。
自分達が守った世界、デジモン達は本当に良いデジモン達だったのか・・と。。
勿論アポカリモンは、死んでいったデジモン達そのものではなく無念の思いを利用して時間を稼いでいた。
子供達の同情をひき戦いに迷いを生じさせようとしていた
つまり死んでいったデジモンとは全く関係ないデジモンだった。という事が、小説版では描かれています。
ま、それを太一達が後に知ったとしても倒していったデジモンにそういう思いがあったという事は変わらないので、やはり悩むんでしょうね。
だから、02でのヒカリやタケルの悪いデジモンに対しての戦い方が変わった事や、02話の太一のセリフに繋がるのではないかなと思います。
特にヒカリはあの会話からすると、ヒカリ自身はまだ悩んでいるようにも見えますね。
まぁ、ドラマCD「デジモンアドベンチャーオリジナルストーリー2年半の休暇」等にはそういう事は描かれてないので、一概には言えません・・
ヒカリは出来ることなら、大輔達に自分達と同じ後悔や悩みを背負わせたくない。って思ってた。
しかしそれと同時に太一は、その様に考えてしまっていては、何一つ救えないという事が分かっていた
のかもしれません。
アポカリモンの存在というのは『悪とは何か??』と考えさせられる敵でしたね。
そして悪側の視点からも描かれている02に続くわけです・・